(初対面)
「むつのかみさま?」
「陸奥守、吉行じゃ」
自分の腰あたりしか背丈のない子どもが首を傾げてこちらを見上げている。辺りには誰もいない。がらんどうな畳の広間、目の前の子どもと自分だけ。その子どもは陸奥守の見たことのない着物を着ており、あどけない印象をうけるも怯えた様子はなかった。
「むつのかみさん、ですか」
「んー、そうじゃの……」
なんとなく勘違いをされているような気がするが、しかしこのままでは話が進まない。適当に返事をしておいて続きを促す。
今は己とその子が立って向かい合っている。相手を見れば首が痛くなるほど上を向いているようだったので、その場に胡座をかいて座る。相手もそれを見て少し間を開けて向かい合う位置で正座をした。見た目の齢の割に礼儀正しい子である。
第一印象に違わずはきはきと自己紹介をした子どもは自分は審神者だと名乗った。陸奥守のような刀剣男士達とともに、異形のものと戦うためにきたのだと。
「刀の人に会うの、むつのかみさんが初めてだから……迷惑をかけることも、あると思うけど、……よろしくおねがいします」
深々と頭が下げられたので表情は伺えないが、その声は懇願しているように聞こえた。皺を刻むほど自らの服を握りしめる腕は細く、頼りない。こちらの反応を怖々と待ち続ける姿が痛々しく、憐れみを覚えるほど。
思わず身体が動く。空けられていた距離をずいと埋め、バッと顔をあげて驚きに丸く見開かれた瞳を覗きこんだ。
「あぁ、まかせちょけ!」
固まってしまった子どもがおかしくて笑い声が漏れる。ぱちくちとゆっくり瞬きをした後で「ありがとうございます」と言う口元が笑みの形を浮かべる。
初めて見た子どもの笑顔は年相応の無邪気なものだった。
(初めての夜)
本丸というところは立派なものだった。炊事場も大浴場もある。鍛冶場らしきものもあり、審神者に聞けばあそこで刀や装具を拵えるらしい。しかしまだ資材が足りないから動かないようだ。
陸奥守と審神者が寝室とした部屋は襖で仕切られた続き間だった。縁側から遠い方に主を置き、自分はその隣の部屋に布団を敷いて横になった。
(……なんじゃ)
だが、一向に眠気は訪れそうにない。初めて与えられた人の身体に興奮しているのか。ひっそりとした夜の空気に耳を澄ませれば、秋の虫の鳴き声の中、近くで畳を擦る音が聞こえてきた。音の出処は一つしかない。
音を立てずに布団から起き上がれば、閉じ込められていた暖気がすっと抜けていく。代わりにひんやりとした空気が身を襲うがまだ冬の寒さには程遠く身体が震えるほどでもない。
隣の部屋にそろりと近付いてみれば、やはり人の動く物音がした。起きている、と確信して口を開く。
「主、なんとしたが」
「……むつのかみさん? ……寒くないですか?」
「わしゃ大丈夫じゃが……おんしゃ寒いんか」
襖越しに小さな声が聞こえる。此処に居るのは二人しかいないから声をひそめる必要などないのに。そろそろと開けられた襖の隙間から滑り込むように小さな影が入ってきた。
「服が半袖しかなくて……ちょっと、寒いです」
「こっち来ぃ」
「え……いいんですか?」
頷く代わりに早く来いと手招きするとごめんなさいお邪魔します、と小さな塊が布団に潜り込んでくる。夜の空気に晒された手足は冷えきっており、相手もそれに気付いたのか慌てて陸奥守との距離を開けようとするので、その前に身体を引き寄せて自分との距離を埋めてしまう。
(こんまいのぅ……)
同じ人型をしていてもこんなにも違うものなのか、と驚く。
次第に熱を持ち始める腕の中の子どもがそろそろと瞼を落としていくのを見つめ、陸奥守も目を伏せた。これが眠るということか、と思いながら。