審神者となってから一ヶ月が経ち、初めて万屋というところへやって来た。本丸を動かすにあたって必要最低限なものは政府から何やら難しいシステムを通して送られてくるため、今まで何も入用になることが無かった。現在も資材が足りていないといいこともなく、別の目的である。
少しだけだが小判が貯まってきたころ、審神者に仕えるこんのすけが思い出したように言った。この小判で買えるものといいましたら、資材などもありますが人気なのはお守りですよぅ、と。
お守りというのは刀剣破壊に追い込まれた刀剣男士を一度だけ助けることのできる魔法道具のようなものである。仕組みはこんのすけも知らないらしい。
今日はそのお守りを買いに、陸奥守を連れてやって来た。
「むつのかみさん、これですよね?」
「おぉ、そうじゃな。ええ値段するのぉ」
同行した陸奥守から小判袋を受け取り、見た目はなんの変哲もないお守り袋三つを手に取り店主のところに向かった。貯めてきた小判がほぼ無に戻ったがいい買い物をしたと彼女は満足そうにしていた。
店から出て、早速そのうちの一つを取り出す。
「わしの分か?」
「うん、受け取ってください」
陸奥守はすまんなぁ、と歯を剥き出しにして快活に笑った。受け取った小さなお守りをどうしたものかと手の中で転がしながら懐の中にしまわれるのをじっと見つめた。
これで少し安心できるだろうか。戦いについていけない自分にできる数少ないことの一つ。足りないところはいくらだってあるというのに。
「これがあるからって、無茶はしないでくださいね」
「わかっちゅう。ほがぁに心配ながか」
彼が本当に分かっているのか確かめる術はないが、以前中傷を負って帰還したとき、主が普段の落ち着きが嘘のように取り乱したことは覚えている筈だ。無茶をすることはないと思いたかった。
見上げてくる胡乱げな視線にあまり自分が信用されていないことを感じたのか、陸奥守の笑みは困ったものになった。
「おんしに心配かけることはしやーせん」
それは口約束でしかなく、歴史修正主義者との戦いが終わらない限り到底不可能なことではあるのだが、少しでもこの子の背負っているものが軽くなれば良いと陸奥守は思ってる。
そのためならば、どれだけ軽い言葉であっても重みが増していくよう積み重ねていくつもりだ。
「おんしの一番の刀やき、簡単にゃあみしくれんわ」
小夜左文字は馴れ合い好まないせいか、人数の少ない本丸内でもふらっと姿を消して人目のつかないところに腰を落ち着けていることが多い。今日だって万屋から帰ってきてから休み無しで探し続けていたのだが、結局夕餉の時間まで見つけることはできなかった。
小夜が審神者よりも量の少ない食事を摂り終え自室に帰ろうとするのを慌てて引き止める。まだ食べ終えていないが行動の意図を知っている陸奥守がいるから大丈夫だろう。
縁側に出たところで彼を呼んで引き止める。
「小夜くん、ちょっとまって」
「……なに」
「これ、持っててほしいんだ」
持っていたお守りを押し付けるように渡す。自分と大きさの変わらないほどの小さな手がぎゅっと握り締めるのを見て、どうか大切にしてほしいと思った。お守りもそうだが、何よりも彼自身を。
「自分をだいじにして。小夜くんの代わりなんていないよ」
繰り返される復讐という言葉も、それが小夜にとって大事なことであると思うから咎めるつもりはない。けれど、それだけではないのだと此方だって口を酸っぱくして言っておかなければならない。
「僕には復讐しかないのに……それしか出来ない僕を、あなたは必要とするの?」
彼が視線を庭へ移す。障子越しに零れる光が地面に落ちている。何も無い庭だ。それでも、その分増やしていけばいいと思える。これは近侍である陸奥守の受け売りだが。
「私も出来ないこと多いけど……えっと、これから、一緒に覚えていけばいいよ。畑とか、ご飯作ったりとか、やることはたくさんあるんだし」
「そんなこと……」
「がんばろ、ね。小夜くん!」
「……そう」
納得いかなさそうな顔をしていた小夜も押しに負けたのか曖昧に頷く。とぼとぼと部屋に帰っていく背中を見送ってから、お守りの説明をしていないことに気付く。
もしかしたら刀剣男士として存在を理解しているのかもしれないが、明日にでも説明しなければ。あと、他の二人にも畑のことは言ってみよう。
少しずつ、彼にも自分にもできることが増えていけばいいと思った。
自分の夕餉を終える時間はすっかり遅くなってしまった。普段は食べ終えるのを待ってくれている陸奥守が今日は洗い物を引き受けたようで、その代わりにへし切長谷部が部屋の片隅でじっと座っている。
陸奥守にどう気遣われたのかは何となく分かる。この間にお守りを渡してしまえということだ。
「…………」
主命とあらば何でもこなす、という彼だが寂しいことに雑談で和気藹々としたことは無い。彼にはどのように接すれば良いのか分からず、萎縮してしまう。陸奥守のことも年上だとは思っているが、まだ親しみやすい。彼は長谷部のように傅くことは無い、目線を合わせて兄のように接してくれる。
お守りは渡したいが食事中に話し始めれば行儀が悪いと窘められそうなので、ひたすら食事を口に運んだ。
残っていた食事を無言で噛み、飲み込んで終わらせた。美味しかったです慌てて食べてごめんなさい、と作ってくれた目の前の彼に心の内で謝罪する。
「ごちそうさまでした。ありがとうございます!」
「お粗末さまでした。どうしましたか、慌てて」
「長谷部さんに渡したいものがあったんです! あのっ、これを……」
すっと差し出したお守りを凝視されながらも、そのまま手を伸ばしていたら受け取ってもらえた。どういうものなのかを説明すると、彼は目を丸くさせていた。
「わざわざそんな……有り難うございます」
「いえ! 私、できること少ないから、これで、少しでもみんなの役に立てたらって……! 長谷部さん、頭をあげてください」
深々と頭下げられたのにぎょっとした。つられるように彼の顔を窺うために更に頭を下げたので、きっと傍から見れば変な光景に違いない。
お互い畳に頬が擦れるくらいの位置で視線がぶつかる。先程とはまた違った驚きの顔がおかしくて、思わず笑みがこぼれた。
「あ、るじ……」
「絶対に帰ってきてください、待ってますから」