長義さんは料理が出来ない

山姥切長義視点

最初は完璧だったと自分でも思う。それがどうして、こんなことになっているのか。

真っ黒で焦げ臭い匂いを放つ物体を前にして俺は放心していた。匂いを嗅ぎつけてか元々厨に用事があったのか、畑当番の加州と写しの二振りが入ってきてその惨状に固まっている。うわ、と思わず零れた声は加州のもので、その意味が俺には分かってしまう。
「俺はどんな消し炭でも食えるぞ、元が食材ならな」
皿の上に盛られた塊を見てそんなことを言ってのける写しに嫌味かと睨みつけるが彼の表情は真剣そのものだった。俺を嘲るつもりではないのだと分かると怒りをぶつけることも出来ない。
「パンケーキ食べたかったの? 今日は陸奥も主もいないけどおやつなら冷蔵庫にあったんだけど……」
「俺が食べたかった訳じゃない」
「だよねぇ」
飾られる予定で準備されていたトッピングの数々を見て加州は俺の目的を察してくれた。それから何とも言えない顔をして、えーっと、と言葉を探しながらもごもごさせている。
「えっと……これ、どうする? 勿体ないと思うからそれこそ国広の口に入れといてもいいし」
「ははっ、雑だな」
写しの笑い声が遠くに聞こえる。ぞんざいな二振りのやりとりに何も思えないくらい、彼の言葉を理解出来なかった。

何故だ、という疑問ばかりが頭の中をグルグルと回る。どれだけ焼いても膨らまず、表面だけが黒く焦げていく。「消し炭」と言われるほど焼いた筈のその物体は、フライ返しでさらに移そうとしたところで真っ二つに折れて崩れた中から生焼けの生地がとろりと零れた。何だこれは。
彼女が好きそうなものを日常生活の中でさり気なく探った。誰にも悟られないように、準備は万全だった筈だったのに。
「ど、どう……どうしよう、かな」
悔しさと情けなさに言葉が出てこない。食べ物を粗末にしてはいけないのは分かっている。だがこれは果たして食べ物と呼べるのだろうか。
「主のために作ったのならあげれば良いんじゃないか。マズくても食べる、主なら」
「あ、あげられるわけないだろう……こんな……消し炭なんか」
「あいつ、焦げた鮭の皮とか好きだぞ、いッ」
遠慮のない物言いに加州の蹴りが入る。悪気があって言っている訳ではないと分かっている。彼なりの慰めなのだろうとも。だとしても、それに頷くことは出来ない。
こんなものをあの子にあげる訳にはいかない。
「お前が食ってくれ……国広」