8.そしてまた元通り

「本当に世話が焼ける」心底うんざりしたような大樹の言葉に反論も出来ない。世話を掛けた覚えはないけど、と言いたかったが気を揉ませてしまったことは分かっていたから敢えて何も言わなかった。正直に「心配掛けてごめんなさい」と言うつもりもない。心配なんかしていないと言われるに決まっている。「ごめんなさーい」謝ったつもりだが誠意がないのが見え見えだった。バシッと頭を叩かれる。怪我をした場所なので余計に痛かった。「いったぁ」「大樹さん！啓ちゃんは怪我人なんですよ！」「自業自得さ」スーパーショッカー（という組織も後から夏海に聞いた）との戦いを終えた後、写真館に戻った士達が真っ先にしたのは負った怪我の治療だった。……主に、啓の。「何でそんな役に立たないのかな」「私が悪いんじゃないってば」啓がアスムとオーロラを抜けた後、辿り着いた先はちゃんと士達のところだった。荒野によく映えるマゼンタとシアンを見つけたときはほっと息を吐いたし、見慣れた赤のクウガに驚きはしたものの響鬼に変身するアスムがいたから予想はついていた。「いつのまにか夏海ちゃん変身してるし、びっくりした」しかし、戦場のど真ん中に放り出された唯一ライダーの力を持たない啓にとってその状況は危険過ぎた。今回の敵はいつかのアポロガイストとは敵の数も規模も違い、足手纏いがおまけでついてきた、と大樹に後で言われたが全くその通りだった。「あのときは必死だったんですよ」「凄かったよ。怪人も倒しちゃったしさー」照れ臭そうに苦笑する夏海につられて笑顔になる。「いたい！」そんな能天気に笑った啓の頭が今度はぐりぐりと押さえ付けられた。上は向けないが夏海が大樹さん！と怒っているのでこの手はやはり大樹なのだろう。「馬鹿過ぎて嫌になる」頭上で溜息を吐かれる気配がした。ここまで言われる筋合いはない、と思う。啓とて好きで大樹達の前から消えた訳ではないし、自分としては一生懸命やったつもりだった。容赦のない大樹の手を止めたのは今までのやりとりを黙って見ていた士だった。「そんぐらいにしといてやれ」「士？」彼がそんなことを言うのは驚くほど珍しいことで、其処にいた全員が目を丸く開いた。全員の視線を受けて士が言葉を続ける。「心配だったのは分かるが結局は帰ってきたんだ。いいだろ、海東」からかいを含んだ声に、やっぱり言っちゃったか、と啓は内心溜息を吐いた。大樹も僅かなりとは心配してくれていたと思うが、こうもはっきりと言われて頷く訳がない。案の定、返ってくるのは捻くれた言葉だけだ。「心配だって？ 誰が誰を心配するっていうんだ」「素直じゃないんだから」にやにやと笑うユウスケを一睨みしてから大樹は大人しく椅子に戻った。拗ねた子どものような姿にユウスケと夏海が顔を見合わせて笑っている。頭の拘束がなくなって、啓は頭痛が引いていくのを感じながら思ったことを口にした。「てゆか、小野寺さんも門矢くんも心配した、ほんと。私より二人の方が心配だったし」こうして今回の騒動を全て終えてみると、一体何がどうなったのか啓はほとんど分かっていない。いつのまにか小野寺ユウスケは生き返っていたし光夏海は仮面ライダーに変身していた。門矢士なんて啓が知らない間に一回死んで甦ったというのだから、どれほど壮絶な展開だったのかといいたくなる。「もー……私がいっぱいいっぱいに心配したのに」そんな自分の心配も相手には関係ないと分かっているのに愚痴ってしまう。自分は彼らの旅には別に必要ない存在だ、なんてことは今更言われるまでもない。何の役割も持たない自分はいつでも彼らから離れられるし、実際にすんなりと離れたこともある。それでもこうやって一緒に――道連れのように――旅をしているのは彼らが認めてくれるからだ。「ほんとにです。ユウスケも士くんもこっちの気持ちも考えて下さい。何も言わずに出て行かれて、心配しない訳ないじゃないですか」ねぇ？ と夏海が同意を求めてきたので頷いた。夏海達と一括りにされることで自分は部外者ではないのだと感じさせてくれる。夏海や士達が仲間として受け入れてくれる限りは草野啓は旅の仲間となるのだ。「まぁ、士も小野寺くんも自分を顧みない馬鹿だってことは知ってたけどね」「周りのことも顧みないとき、あるし」「心配掛けさせた挙げ句、無茶しようとするなんて本当馬鹿なんですから」「お前ら……言いたい放題言いやがって」「えー、でも一番馬鹿なのは士だって」顔を引きつらせる士の向かいに座っていたユウスケがそう言った次の瞬間、リビングを亀のぬいぐるみが舞った。間抜けな顔をした亀はそのままユウスケの顔面に抱きつく。「何するんだよ！」「お前に言われたくないな」睨み合いを始めた二人に夏海が「どっちもどっちです」ととどめを刺した。ぴしりと同時に固まる二人に大樹と啓が笑う。彼らは夏海に頭が上がらないことだろう。ユウスケの腕の中にいる亀が行き場を失っているように見えたので啓が手を差し出した。『下さい』というジェスチャーを正しく理解したユウスケは手の上にぬいぐるみを乗せてくれる。ぎゅっと腕の中に押し込めると両肩に鈍い痛みが走ったが、心地好い柔らかさにそんなものは気にならなくなった。怪人に吹っ飛ばされたりしたお陰で全身痣だらけ。筋を傷めたりもしたから全治には何週間か掛かるだろう。それでもこうして写真館でのんびり出来る時間が戻ってきたことに比べたらささやか過ぎる損害だ。「もー……みんな無事だからいいんだけど」「啓ちゃんも、ですよ」「ん？ 私？」「心配したんです。士くんが帰ってきても帰って来ないから。もう帰って来ないんじゃないか、って」そう言った夏海の顔が弱々しく見えたので、啓も帰ってきてから初めて真剣な表情になった。此処が茶化して良い場面ではないことははっきりと分かった。硬直化から戻ってきたユウスケが場を宥めるように二人に微笑む。柔らかい笑顔は啓の大好きな笑顔だった。「心配したけど、帰ってきたし、いいよ」「ごめんなさい」ユウスケ達だけに戦って欲しくなくて突っ走った結果がこれだった。ユウスケのことも士のことも気に病んでいた夏海は特に、どれ程疲弊したのか計り知れない。しかし、どれ程心を削られたとしても受け入れることを止めない。それが光夏海の強さと優しさなのだ。「無事でよかったです」彼女が心からそう言っているのが分かったから、啓も心から応えた。「私も、また此処に……戻ってこれて良かった」そうして此処から再び旅は続くのだから。