山姥切長義は踊る

※連載「たった一つの星であれ」に出てくる別本丸の山姥切長義含め、4振りの山姥切長義がいます。

「ペドかよ」
そう言い放ったのは政府に所属する山姥切長義Aだ。彼はこの中で最も古くから人の形を得た個体で、政府にいる山姥切長義の中でも古株の一振りであった。あらゆる部署を経験し、顔も広い。長所は情報が早く柔軟な思考を持っていること、短所は発言と行動が極めて奔放なことだ。
彼の声は穏やかな昼下がりのカフェテリアではよく響いた。周囲の審神者や刀剣男士が彼の言葉にぎょっとして此方を向き、そして四振りの山姥切長義を発見して二度見をする。
「五歳児にってこと? やっば」
山姥切長義Aは端正な顔をこれでもかというほど崩して顔を顰めた。その隣の山姥切長義Bが「いや」と訂正を入れる。山姥切長義Bは彼の同僚で、監査官へ就任し、ゆくゆくは本丸に配属されることを希望している。自由すぎる同僚に動じることのない落ち着いた個体だ。
「それは出会った頃の話で、今はもう二十歳になったんだろう。子どもの成長は早いものだね」
状況を噛み砕いて説明し、あらぬ方向へ脱線しないように軌道修正する。かつ自分の主張を盛り込むことはしない。同僚の奔放さへのフォロー力が高いのは経験からだろうか。
「二十歳だってまだ赤ん坊だろう。俺だったら甘やかすね」
「もう結婚できる歳なんだよ!」
山姥切長義Cに山姥切長義Dは食って掛かる。
彼らは、十年以上も前に聚楽第の監査官を経て本丸に就任している。また、この中で一番付き合いの長い山姥切長義同士でもあった。
「羨ましい。何もできない子どものときから世話をしてたんだろう」
山姥切長義Cは世話を焼きたがる個体だった。それが彼の本丸の環境から生まれたものなのか、生まれ(生まれ?)ついたものかは分からない。彼と同じ本丸の山姥切国広はその性質を悪癖と呼んだ。悪癖、と呼ばれるほどなのだ。そのことを山姥切長義Dは身をもって知っている。
「お前は他所の審神者に構いすぎだ」
「他所じゃなくて俺の審神者って言えば良いだろう?」
ふふん、と鼻で笑い飛ばす山姥切長義Cに苦虫を噛み潰したような顔になる山姥切長義D。二振りの仲は決して良好ではない。それは十年以上経っても変わらなかった。
山姥切長義Aは思いつきで話し始める。
「そんなに人に構いたいなら政府にいたら引っ張りだこだったのにね。人助けし放題、おまけに給与も上がるよ」
「そういうのが欲しいわけじゃないんだよ。有象無象として働くんじゃなくて、直接俺が何かしてあげて笑顔を見たい。そして出来れば尽くし甲斐のある子がいい」
「有象無象……」
山姥切長義Cの答えに唸る山姥切長義B。
「お前のところの審神者に謝れ」
「主はそんな俺のことよく知ってるからね。もてあた精神強めなんだよ、俺」
もてあた精神、とは。山姥切長義Cの言葉が腑に落ちない顔をしたのは山姥切長義Dだけで、政府所属の二振りは同意を示すかのように首肯した。まあね、と山姥切長義Aは続ける。視線は本日の話題の中心である山姥切長義Dに向けて。
「君のそれだって似たものではないかな。もてあた精神が拗れたみたいな、さ」
「――――」
ハッと息を呑む。それは山姥切長義Dが自身の中で確かに芽生え、けれど目を背けていた疑念の正体だった。
今日の山姥切長義たちの議題は審神者への恋愛感情についてだった。恋愛相談というには甘酸っぱさもトキメキもない、それは四振りの山姥切長義が揃った時点で仕方の無いことだ。
「なんでもいいと思うけどさ。どれだけ拗れていようが腐らせていようが。愛だって色々な形があるだろうし」
親愛、友愛、家族愛、性愛、恋愛。山姥切長義Aは指を立ててその種類を並べていく。口にされた愛の形はどれも違うような、どれでも当てはまるような気がする。いずれも「なにを馬鹿な」と一笑に付すことは出来なかった。
「何歳でも可愛いものだ、人間は。助けたくなるし与えたくなる」
「あの子なら尚更さ。小さい頃から見てきたけど可愛いんだよ、本当に!」
山姥切長義Bの言葉に同意するのはいいが、まるで自身の主のように語る山姥切長義Cの笑顔にカチンと思考が止まる。
「……俺の主だけど」
そういったところで目の前の相手が笑い飛ばしてしまうことは分かっていた。でも言わずにはいられない。それは何故なのか、そこだけが上手く言葉になってくれなかった。

「長義さーん!」
駆け寄ってくる少女――先月成人を迎えたので女性と称するべきか。彼女の隣に並ぶ初老の男性はこの山姥切長義Cの主だ。この二人は自分達の山姥切長義とは違って穏やかに年の差を超えた友情を育んでいる。
「会議終わったから帰ろうか、山姥切」
「ねぇ長義さん、寄り道しましょう。買い物したいです!」
「え、それなら俺達もついて行こうかな」
「絶対来るな」