山姥切国広視点
皿の上には消し炭という名のパンケーキになりたかったであろう残骸。本科から受け取ったそれを片手に落ち着ける場所を探し、辿り着いたのは日当たりが良く畑に近い縁側だった。既に当日の畑当番は仕事を終えており他の刀の姿はない。
腰を落ち着けた頃には既に皿の上の物体は冷めてしまっていたがそれで落ちる味などそもそも無いだろう。厨で別れた加州には「生のところは流石に止めておきなよ」と言われたが当日中であれば牛乳も卵も大丈夫だと思う。同室の彼に見つかると面倒なのでこうして部屋から離れてきたわけだが。
一緒に持ってきた箸で生地を切り開き中身がどろりと広がる前に口へ放り込む。液状の生地の甘さと粉っぽさ、添えられたホイップクリームの甘さが焦げ部分の苦さを中和させているぶん不可もなく可もなくといったところだろうか。俺の味覚は加州に「国広の不可は玉鋼を食べるレベル」と言われるが。
「あ、いた。山姥切さん!」
二枚あったうちの一枚を食べきり「まぁ美味くはないな」と判断を下した頃、短刀が走るような小さな足音に振り返る。
「山姥切さん、ただいま帰りました」
朝から陸奥守と外出していたという主が余所行きの格好のままこちらへやってきた。
「おかえり、主。遅かったな」
「会議が長引いちゃったんです。次の特命調査の話を聞いたので、第二部隊のことで相談があって……それ、なんですか?」
特命調査が会議の内容だったらしい。前回同様ならば出陣するのは第二部隊になり、部隊長である俺に話があるというのも頷ける。近付いたことで俺の手元に気付いた主は怪訝そうな顔をした。
「パンケーキの材料を焼いたものだ」
「作ったんですか? 加州さんも長谷部さんも怒りませんでしたか?」
「俺じゃない。作ったのは山姥切だ」
「えっ、長義さんが!?」
まさか俺が料理をするとは思っていない彼女でも誰が作ったまでかは予想出来なかっただろう。素っ頓狂な声を上げて皿の上をまじまじと見つめた。驚きのあまり固まってはいるが興味津々であることは伝わってきた。
「食べるか?」
「えっ、え!? ほしいです! 気になります、食べてみたい!」
想像以上の食い付きだった。いいのだろうか、見た目からしても全く美味そうには見えないのだが。自分で勧めておきながら不安になる。
「行きたかったカフェももう終わってて残念でした。お腹空いてたんです」
そう唇を尖らせる彼女の脳内にあるのは期間限定のフラペチーノか季節の果物をふんだんに乗せたパンケーキだろうか。今になってこの物体を主に食べさせていいのか躊躇いが出てきた。あげられるわけない、と言った彼の気持ちを漸く理解出来る。
だが隣に座り俺の行動を待つ主に対し、此方から提案したことを取り消すわけにもいかない。
せめてもと思い切り取った焦げ部分にできるかぎりのクリームを乗せて、餌を待つ小鳥よろしく口を開けて待つ彼女の方へ運んだ。
一口大の塊をもごもごと咀嚼する顔は特別変な表情をしているわけでもない。
「食べられたか」
「少し苦いけどおいしいですよ?」
それは多分クリームの甘さだろうと思ったが口には出すまい。焦げた鮭の皮を美味しいと食べる主のことを深く考えるのは止めておこう。
今度は皿ごと差し出し「まだ食べられるか」と聞くと「やったぁ」と返ってくる。
「長義さんも、お菓子作りは得意じゃないんですね」
「そうだろうな」
正直に言えば得意ではないどころか厨に立たせてはいけないほどだが。本科の意外な一面を知った主は隠されていた宝物を見つけたように目を輝かせて、その表情は呆れや失望といったものからは程遠いものだった。
それからは何も言わずに食べ進める彼女を見ていた。
残りの一枚があと一口ほどの大きさになったころ、また慌ただしい足音が近付いてくる。打刀くらいの大きさだったので陸奥守かと思い振り返る。そこには話題に挙がっていた本科自身の姿が。
「な……なにして、うそ、うそだろ、おまえ、なんで」
「どうした、本科」
わなわなと震えてうまく言葉が紡げない貴重な姿を見てしまった。
「主が国広を探してると聞いて、だからまさかと思って……」
「長義さん、ただいまかえりました。あとごちそうさまでした!」
「あっ……」
彼女に怒ることなど以ての外、しかし俺に矛先を向けようにもこの場で口に出すことは出来ない。固まってしまった本科の言いたいことが声になるより早く、最後の一口が彼女の中に放り込まれていった。