something four

▼なにか古いもの (一度も使われることのなかったお守り)

「おんしに貰うたもんやけどなぁ」
そう言って差し出されたのは懐かしさすら覚えるほど久しぶりに見た彼のお守り。私が審神者になってすぐに渡したものだから十年も前のものであり、たしかに『なにか古いもの』に当てはまる。
サムシングフォーの説明をしてから、だからなにか古いものを探したいんです、というふわふわした私からのお願いへの返答。
「貰うたものを返すようけんど、これが一番だ思うて……」
「それは気にしないですよ、新しく買えばいいんですから! それで、陸奥守さんが良ければ」
この本丸は全ての刀剣男士がお守りを持っているものの、それらが今まで使用されたことは無い。重傷進軍などとんでもないこと、慎重に慎重を重ねた上に心配を乗せていく審神者の采配の結果だ。
「愛着はあるけどな。でもおんしがこれから持つんやったら一緒やろうて」
渡された小袋は片手に収まるくらいの大きさで、どのような効果を持つのか幸いにしてそれを知る機会は無い。そしてこれからも。とはいえ、新しい仲間へ渡すのを止めるつもりは無い。それは祈りのようなもので、貴方を大事に思っています、そんな思いを託すようなものだから。
「ありがとうございます。新品のお守りよりご利益ありそうだなぁ」
日焼けで色褪せ、飾り紐の端が解れているものの破れはなく、戦場でも大切に使われていたことが分かる。
「今までわしが守られちょったお守りちや。今度はおんしを守るろう」
人間には何の効果もない筈のお守りから伝わってくる心強さは陸奥守さんのものだ。そのとき、私は皆へのお守りに私自身が何を託していたのかに気付いた。
「おんしが、これから先ずっと無事でありますように」

▼何か借りたもの (小夜左文字の本体)

「正気なの……?!」
小夜くんはこれでもかと言わんばかりに眉を寄せて口元を引き攣らせる。そしてこの一言だ。二つ返事で快諾してもらえるとは思っていなかったが、想像していたよりも激しい引きっぷりにこちらも面食らう。こんなにも表情を豊かに出すのも珍しい。
「やっぱりそう反応するよね。んー……小夜くんの大事な本体だし、勿論無理にとは言えないから、嫌なら本当に断ってくれても──」
「そういうことじゃないよ」
私の見当違いの返答にぴしゃり、と言い放つ。
「僕を花嫁のお守りにするなんて、貴方は何を考えてるの」
「そこまで言うかなぁ……?」
年々遠慮のなくなっていく物言いも時間をかけて縮めていった距離の結果だと思えば感慨深いもの。彼と過ごした十年という歳月は、そうやって変化するには充分な長さだった。
「僕が持つ物語は知ってるでしょう……? 僕なんかより、今剣や薬研のほうが貴方のハレの日に相応しいと思うけど……」
彼が何に躊躇っているかは分かっている。けれど私が彼を選ぶのは逸話でも来歴でもない、理由はただ一つ。
「だって、最初から、本丸が始まったときから私を傍で守ってくれたのは小夜くんだったでしょ? だからだよ」
そんな紛れもない事実を口にしてふふん、と笑う私の顔は得意げに映っただろうか。小夜くんは視線を外して目を伏せたかと思うと、口の端を僅かに綻ばせた。再びこちらに向けられた蒼色の瞳は柔らかく弧を描いており、僅かに動く唇が答えを告げる。
彼の表情が嬉しそうに見えたのは私の願望というだけではないだろう。
「貴方は、変わったね」
「それこそ、お互いさまだよ」
そう感じられるだけの時間を過ごしてきたのだから。

▼なにか新しいもの (思いも寄らなかった口紅)

「きっと似合うと思いますよ」
きっと──なんて言いつつその口元には自信ありげな笑みが浮かんでいる。長谷部さんの手には有名な化粧品メーカーの紙袋。もしかして。
「開けていいんですか?」
思わず聞いてしまうほど、贈り物用に施された包装からは高級感に加えて手間が掛けられているのが伝わってくる。率直にいえば開けてしまうのが勿体無いほどなのだ。
けれど長谷部さんは私の問いに可笑しそうに笑った。
「勿論、主のためのものですから」
むしろ私が開けるのを期待する眼差しが刺さる。意を決して綺麗に飾り付けられたリボンを解き包装を剥いていく。紙が破れる音に、顔も知らない店員への罪悪感をおぼえた。そうして出てきたのは口紅で、キャップを外してみると桜桃のように明るい赤色をしていて、派手すぎないその色は私好みだった。
「これ、お願いしていた『なにか新しいもの』でいいんですよね?」
何も言わないけれどその笑顔が答えだ。てっきりハンカチか手袋か、と思っていた私の予想なんて遥かに超えていた。
「試しに付けてみても宜しいですか?」
「えっ、あ、はい」
反射的に返した言葉の意味を考える前に、長谷部さんの手が口紅のキャップを外してその赤色を剥き出したまま近付いてくる。真一文字に結んだ唇の上をふわりと何かが撫でていく。想像より柔らかかった。
その何かが離れていくと詰めていた息を吐き出す。照れくさくてふにゃりと緩んでしまう口元。
「あぁ、やっぱり」
口紅を片手に彼は満足気に笑う。
「貴方の笑顔に良く似合うと思ったんです」

▼何か青いもの (彼の瞳の色と同じ宝石)

「俺に声をかけてくれて嬉しいよ。君に似合う青色を一番よく知ってるのは俺だからね」
付けてあげるからじっとしてるんだよ、と小さな子どもに言い聞かせるような甘くまろい声音。彼の中で私は昔から変わらない幼子のままかもしれないと思う程、ときどき長義さんは年相応以上に子ども扱いしてくる。成人も目の前、もう物事の道理も分からないような年齢でもないのに。
いつもの手袋をしていない指に耳朶を触られると首筋がさわさわする。反射的に肩を竦めてしまう私の少し上から「やっぱり仕方ない子だなぁ」と笑い声がした。
耳元の擽ったさに耐える──実際は身動ぎしまくっていたが──こと暫く、離れていった手にすかさず手鏡を掲げられ、自分の耳を飾るアクセサリーを確認する。
「すごい、綺麗です!」
流れ星のように三つ連なった青い石が光を反射してきらりと光る。その青色は青空のような透明感というよりむしろ海のように深みのあるものだった。
その色に既視感を覚えるのは何故か、目の前のひとの顔を見れば直ぐに分かった。
「この青色、長義さんの目の色みたいですね」
答えを口にすると長義さんは正解だというように笑った。鏡の中の宝石は目の前の彼と見比べても非常に近い色をしている。
「自惚れではないけど、この色が一番君に似合うと思ったんだ」
「うん、私もそう思います」
似合わないわけがない。ずっと見てきた色だからか、自然と自分に馴染んでいるような気もする。私にとって幸せの青色が彼のものだというのはとてもしっくりくるのだ。
「長義さんの青色って綺麗ですよね、昔からずっと」
「それは……君がそう思ってきたからだよ。君が俺の綺麗なところを教えてくれたから、俺はそれに応えられたんだ」