「ヒース、入りますね」
ノックを二回、返事を待たずにドアノブに手を伸ばせば鍵の掛かっていないドアは軽い音を立てて内側へと開いた。廊下から一歩部屋へ足を踏み入れれば、早朝の僅かな騒めきさえも遠くなりひやりとした空気が身を包む。
ベッドの上の布団の塊を確認して足音を立てないように窓際の方へ向かう。雨の露が窓に模様を作りながら下に流れていくのを横目に、用意しておいた朝食のトレイを慎重に机の上に置いた。バターの香りと焼き立ての温度がふわりと頬を撫で、朝の清閑な部屋に広がっていく。
「朝食を置いておきます。急がないで、ヒースがいいときに起きてきて下さい」
返事が無いことを承知で声を掛けた。
ベッドの上を見れば金糸雀色がシーツに広がっている。昼間の太陽の下で見られるような煌めきは息を潜めているが向日葵の花弁が零れているように色濃く映え、その様が魅惑的に見えた。幾ら美人とはいえ自分より背も高く逞しい青年に対しての形容ではないのかもしれないが、その言葉が一番しっくりくるのだから仕方ない。
「──────」
そろりと机に備え付けられた椅子を引いて腰掛ける。
愚図るような寝言や寝息が聞こえないということは起きているのかもしれない。それならば尚更、と息を吸い込むのにも音を立てないように気を配る。間近にある朝食の美味しい匂いとこの部屋に最初からある瑞々しい青葉の匂いに薄く雨の匂いが入り交じる。
(優しい音、なのかな)
自分は特別に雨の音が好きという訳ではない。けれど彼の好きなものだと思うだけで窓越しに聞こえる雨音が神聖で特別なメロディに聞こえるのだから不思議なことだ。
何の変哲もない小さな雨粒の音に耳を傾ける。同じものを共有しているということに幸福感を覚え、薄暗い部屋の中で主人の覚醒を待つ。
──おはよう、エッタ。
世界で何よりも尊いその人が朝を告げるのを待っている。
rainy day
