それはとある日の夕食後、魔法舎の食堂の一角でのことだ。食べ終わったら少し残っていて、と幼馴染の少女に言われたシノが大人しく座って待っていると、厨房からアリエッタが大きなケーキを手に戻ってきた。彼女の顔ほどもある大きなケーキだ。
お待たせしました、と目の前に置かれた大きなケーキにシノの視線は釘付けになる。傍らには頬を赤らめて興奮気味のアリエッタが期待を込めた眼差しでシノを見つめている。甘い匂いは彼女からも漂っていた。
「これ……エッタが作ったのか?」
「はい! ネロさんとカナリアさんに手伝って頂きました」
「すごい、かっこいいケーキだ」
てっぺんに乗るチョコレートで作られた大鎌の飾りが目を引くがそれだけではない。砂糖菓子の木々とお菓子の家はシャーウッドの森を思い出させた。
一目で自分のために作られたものだと分かるケーキを前にしてシノは得意げに笑った。つり上がった彼の口の端にはレモンパイの欠片が付いている。
そんな彼の決して気弱には見えない笑みに、何故だかアリエッタは庇護欲を掻き立てられる。彼の笑顔が年齢よりあどけない子どものように見えるからだろうか。シノは、自分やヒースクリフでは想像もつかない世界を知っているわりに素直で純粋である。守られなければならないほどシノは弱くない──そう思いながらも、そんな彼の心を守りたいと願わずにはいられない。
「うん、うまい」
「ふふ、良かったです」
彼にとっては、かっこいいケーキだと感動するのも本心で、それをフォークで躊躇いなく切り崩して口に運ぶのも本心である。笑っているうちにも綺麗なケーキは段々と崩れていく。向かいの席にそのまま腰を下ろし 、アリエッタはその様子を眺めた。
そのまま全部食べきってしまうのでは、という勢いでフォークを動かすシノ。
「シノ……ブランシェットの使用人、シャーウッドの番人、ヒース坊ちゃんの親友、賢者の魔法使いで、東の国の英雄」
思いつく限り、彼のことを表す言葉を声に出していく。するとそのどれもが彼にしっくりと当てはまる。それを嬉しく感じた。
「……なんだ」
口いっぱいにケーキを頬張ったシノが手を止めることなく首を傾げた。
「全部全部、シノのことですよ。シノが……無事に一年を過ごすことが出来て本当に良かったです」
少し照れたように言う彼女とは対照的に、シノは顔色ひとつ変えない。口の端に付いたクリームと食べカスを指で拭って口へ運び何でもない風に返した。
「変な奴だな。寿命なら人間であるお前の方がよっぽど短いだろ」
彼は平気でそういうことを言う。そしてもしその言い様が咎められようものなら「事実だろう」と言い返すのである。そんなことだからヒースクリフとも言い合いを繰り返すのだと常々思う。
シノは思ったことをすぐに口にするが故に他人と衝突することも多い。けれどそれが悪いことばかりではない、ということも昔から見てきた幼馴染は知っている。
「そうだエッタ、来年はもっと大きなケーキを焼いてくれ。三人で食えばいいだろ」
来年のことを口にするのに躊躇いがないのも彼らしい。もしかしたら、なんて一瞬も思わないのだろうか、それを浅慮なだけだと言う者もいるかもしれない。だがアリエッタにとってそれは魔法の言葉だった。
「はい、もちろん。約束します」
一年後の日常を約束する。その約束は呪いなどではない。明日の自分を元気にすることが出来る、彼らにしか使えない魔法だった。
Happy Birthday To Shino
