その日の夜、熱の町へ行っていた魔法使い達が帰ってきた。
帰ってきたばかりのシノを中心に、ブランシェットの三人は夕食後のサロンで会話に花を咲かせていた。話題は彼が向かった調査の内容である。起こっていた異変の内容や片目の無い白い狼、そしてその顛末についてをシノは二人に語った。話に出てきた花祭りでの習わしについて、ヒースクリフはその光景を脳裏に描いたのか頬を引き攣らせる。
「い、いかなくて良かった……」
「なんでだ。ヒースも来てたら絶対キャーキャー言われてたぞ」
「もしそうなったときに嫌だからだよ……」
想像だけで赤くなったり青くなったりしている彼とは対照的に、シノは心からヒースも来たら良かったのにと本気で考えている。絶対に格好良かった筈だ、とそこにいる我が君を想像してにやりと笑った。
「ヒースに祝福されたら全員がお前に惚れるだろうな」
「……俺には無理だよ」
「情けないぞ、ヒース。オレが見本を見せてやろうか。……なぁおい、エッタ」
「はいはい、なんですか」
いきなり話を振られても彼女は動じなかった。むしろここで二人の喧嘩に発展しないことにほっと胸を撫で下ろしつつ返事をする。幼馴染の突飛な行動に慣れている彼女は、いきなりシノが自分の側で片膝をついたところで、それをじっと見つめたまま次の行動を待っている。
「お前は勤勉でよく気も回る、ブランシェットには欠かせない存在だ。強かで優しいお前が傍にいるだけで、オレは誰よりも強くなれる。これからもずっと、お前に降り掛かる災いの全てからオレが守ってやる」
突然の情熱的な言葉に対してもアリエッタは微笑ましいものを見るように目を細めて笑うだけで、たまたま同じ場所にいたネロやファウストの方がぎょっとして彼らの方を凝視した。注目を浴びていることも気にしないまま彼らの応酬は続く。
「どうだ、格好いいか」
「えぇ、とっても格好いいですよ。さすがシノですね」
彼女の褒め言葉にシノはふふん、としたり顔で笑って自分の席に戻っていく。気を良くした彼は早速と言わんばかりにヒースクリフを促した。
「ほら、ヒースもやってみろ。難しいことなんてない」
「いきなり言うなよ!」
「はぁ? 出来るだろ、見ず知らずの相手じゃない、エッタだ。なんで躊躇う必要がある」
ヒースクリフはぐっと言葉を噤んだ。シノの物言いは強引だが、彼の台詞に思うことがあったようだ。空気が良くない方に傾いていることを察し、アリエッタはシノを窘める。
「シノ、やめてください。こういうことは無理やり言わせるものじゃないでしょう」
「違う、嫌とかじゃないんだ。ただ俺が、あの……」
誤解されたかもしれないとヒースクリフが慌てて腰を浮かしたのをアリエッタが制する。表情を覗き込み、不安そうな彼を勇気づけるように笑った。胸に手を当てて恭しく頭を垂れる仕草は普段のカインに似ているからか、騎士のようだった。
「いいんですよ、ヒース坊ちゃん。人に贈る言葉を慎重に考えて紡ぐことが出来るのは貴方の長所です。貴方の言葉はいつも私に自信をくれる宝物だから、私はそんな坊ちゃんのことを誇らしく愛しく思っています」
「……あ、ありがとう」
いきなりの祝福の言葉を真正面から受け止めた彼らの主君はかろうじてお礼を口にしたものの、油の足りない機械のようにその動きはぎこちなくなった。夏空のような濃い青色をした瞳がふらふらと彷徨う、その顔には驚きがはっきりと浮かんでいた。
続く言葉を失ってしまった彼とは違い、黙っていなかったのは隣の従者の方だ。
「おい、逆だぞ。お前が祝福する方じゃない」
「でも、シノだって賢者様に祝福されたんでしょう?」
「む……。……ヒースだけずるい。オレにもくれ」
お前なぁ、とヒースクリフは呆れのあまり脱力する。まるで駄々っ子の言い分だが、彼は恥じらうことなく至極真面目な顔で返事を待っていた。様子を窺っていたネロが噴き出し、ファウストは不可解だと言わんばかりに顔を顰めて此方まで溜息が聞こえてくるようだった。
アリエッタは年下の彼のおねだりに笑って答えた。
「率直にものを言えることはシノの美点ですね。ブランシェットを守る森番は矜恃と向上心を持って努力し続ける貴方以外に勤まりません。鍛錬を重ねて強くなっていくシノの姿は、他の人に勇気を与えると思います」
「ふふん、そうだろう」
彼女からの祝福にシノは先程よりも誇らしげに胸を張る。鼻歌さえ聞こえそうなほど上機嫌なのは誰が見ても明らかだった。
「じゃあ、今からデザートにしましょうか。シノのためにヒースがクレープを焼いてくれたんですよ」
「やった!」
Blessing to you
