いつの日かの彼らと

(長義連載番外編)

「あんた、久しぶりだな」
万屋街の人混みの中でも、自分に向けられた声だとはっきり分かった。
「はい?」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはブレザーを脱いだベスト姿の山姥切国広が立っていた。だが自分の本丸の刀剣男士ではないことはすぐに分かった上に思い当たる節もない。彼は、振り返ったまま固まってしまった相手が己のことを思い出していないことを察して口を開く。
「覚えてるか。半年くらい前、この通りで本科と一緒にに会った」
「あっ!あ、あのときの……」
本科、という呼び方に記憶が呼び起こされる。それは本丸に山姥切長義が配属されてから暫く不和が続いたときのことだ。誤解と遠慮を重ねた結果、長義と啓は買い出しのときに言い合いをしてしまった。その際、ふたりの仲裁に入ったのが彼ともうひとりの山姥切長義だった。
「思い出したか。あの後、自分のところの本科とは仲直り出来たのか?」
こちらを気にする質問に素直に頷けば、「それは良かったな」と彼の顔に微笑みが浮かぶ。その表情に思わず啓は目を瞠った。本丸にいる山姥切国広はこんなに柔らかく笑わない。それでも何故か既視感を覚えた。
「今日は山姥切さん達もお買い物ですか?」
「あぁ。本科は勝手に何処かに行った。迷子というやつだ」
「迷子!」
山姥切長義が迷子なんて、別の本丸のことだと分かっていても想像が全く出来ない。衝撃がそのまま声に出てしまったのを慌てて飲み込む。
「私も長義さんと来てるんです。用事があるからここで待ってて、って」
「なんだ、そうなのか。迷子なら一緒に探しがてら美味いもの食おうかと思ったのに」
やはり、違う本丸だということを差し引いても目の前の山姥切国広に違和感がある。別の誰かを見ているようだった。その正体を探ろうとしたところですぐ傍に彼の気配を感じる。
「おい、ナンパをするな。お前もちゃんと躾をしろ」
裏地の蒼が鮮やかなストールが翻り、少女と山姥切国広の間に白い影が割り込む。守るように立ちはだかったのは顔を見なくても自分の本丸の山姥切長義だと分かった。傍には山姥切国広の相方だろう山姥切長義の姿もある。
「長義さん! 本科さんも、お久しぶりです」
「久しぶり、おチビさん。偽物君が女の子といるから何事かと思ったよ」
「本科……嬉しそうだな」
「いやぁ、お前が何処かのお嬢さんに懸想をしているなら応援してあげようと思ってね」
「冗談でも反吐が出るようなことを言うな」
本気か冗談か分からないその台詞は長義を不愉快にさせるには充分だった。同じ顔から発せられたとは思えないほど地を這った低い声と、相手を射殺さんばかりに鋭い視線。しかしそれを気にかけるような相手ではない。
「そうだおチビさん、今日こそ奢ってあげるから── 」
「間に合ってるんだよ!!」
最後まで言わせまいと張り上げた声に、啓の脳裏にあの日の光景が蘇る。けれど慌てて少女の手を捕まえておこうとする彼の心を知った今ならば何に怯えることもない。啓は不機嫌な横顔を見上げながらその優しい手のひらを握り返した。