やっつの約束とすえひろがり(仮)

唆されて家族の元に行こうとした啓が遡行軍を呼びよせてしまう話。

こうして、彼女の家出は幕を閉じた。
時代を越え、政府を巻き込み(あるいは巻き込まれ)、第一部隊をあらゆる意味で壊滅に追いやった三日間の家出は、なんとか誰かを失うことなく終わった。彼女を唆した政府側の人間の処分はこれからだがそんなことはどうでも良かった。この本丸で話さなければいけないことはまだまだ残っている。
「嫌になったがか、ここにおるのが」
開口一番に謝った少女に、手入れ部屋に臥せる陸奥守は弱弱しく問うた。責めるつもりの一切ない穏やかな眼差しに「ちがいます」と涙に震えた声が答える。
「本当に、家族に会えるかもって、思ったんです」
「まだ……実は、生きてるかもしれないって」
「あるじ……」
同じく手入れ部屋で並んで横になっていた長谷部がぽつりとこぼす。痛みに耐えるように眉を寄せて、けれど彼が感じている痛みは身体のものではなく。
「ごめんなさい。みんなが家族なのに」
もう一度、少女は謝った。
呼吸すら躊躇うほどの沈黙が落ちる。家族、の意味することを本丸の誰もが知っている。家族に色々なかたちがあることも。今回彼女の願った家族のかたちが自分達では与えられないものであることも。
「では、私達は飼い犬ですね、わん」「わんっ」
「おふたりともーーッ!!」
空気を読まない江ふたりが手入れ部屋に闖入する。かと思えばすぐさま篭手切江に引きずられていった。先日の秘宝の里で来たばかりの彼らはよく審神者に犬扱いを求める。篭手切の悲鳴に近い説教が遠ざかっていく中、僅かに場の空気が緩んだ。
「では我々は飼い狐でしょうか?」
「それもいいですねぇ」
鳴狐のお供の狐が相方の肩に乗ったまま、隣の小狐丸に問いかける。小狐丸はぼさぼさになった髪の毛を指で梳かしながら笑った。彼らは第三部隊に所属しており、今回審神者を救出した功労者でもあった。細々とした傷を負った彼らは手入れ部屋の外で順番を待っている。そんなやりとりを聞いていた隊長の和泉守兼定が周りに聞かせるように殊更大きく声を張り上げた。
「なんだよ、動物園じゃねぇか。兄弟の立候補はいねぇのか?」
それに乗ったのは同じ部隊の秋田藤四郎だ。
「じゃあ僕、僭越ながら主君の弟になりたいです!」
元気よく挙手をする。早々に修行に出た彼は部隊きっての切り込み役であり、今もほぼ無傷の状態でぴんぴんしている。その傍でぐったりと座るのは肥前忠弘で、彼は部隊の中で新参なぶん傷も一番深かった。
「だとしたら、肥前さんは主君のお兄さんでしょうか?」
肥前忠弘はむすりと押し黙って秋田の問いに答えない。それを見ていた加州清光が軽口をたたく。
「肥前は弟なんじゃないの?」
その言葉に彼の寄せた眉の皺がさらに深くなる。射殺さんばかりに鋭い視線を加州に向けるが、それが効く相手でもない。
「俺が弟な訳ねぇだろうが」
「だって陸奥守のが兄っぽいし」
「ふっざけんな」
ふざけてるに決まってるじゃん、加州は心の中で舌を出す。だって全て妄想だ。どうやったって得られない家族のかたちがあるのはもう仕方なくて。自分達で家族のかたちを決めているだけなのだから、楽しいのが一番だ。

手入れ部屋から離れた場所、南泉一文字はそんな光景を見ながらいつ隣から皮肉が飛んでくるのかと待ち構えていた。「君は飼い猫に立候補しないのかな」なんて、いかにも彼が言いそうな台詞だった。しかし、隣の山姥切長義は何も言わなかった。視線だけでそろりと隣を窺う。彼はじっと何かを考えこんでいるようだった。
(俺は飼い猫? いや猫じゃねぇんだが。……そしたらこの化け物切りは何になるんだ?)