──アンタは、主の何になりたいんだ。
写しから投げかけられた問いへの答えはまだ無い。そもそも、それはなりたいと思ってなるものなのか。願われたかたちであることが俺達ではないのだろうか。
「今日は焼きいもびらきの日です!」
朝食のときに審神者がそんなことを言った。その言葉にわあっと歓声を上げる者もいれば首を傾げる者もいる。俺のような新しい刀達は後者の反応で、近くにいた堀川国広に焼き芋開きについて説明してもらった。その年で初めてさつま芋を収穫した日には外で焼き芋をするらしく、本丸の季節の行事の一つとなっているという。
その朝食の帰り、廊下の内番表を見てみればたしかに普段よりも畑当番の数が多い。その中から自分の名前を探すが、数少ない非番の一振りに入っていた。
(俺は……非番か)
本丸に来てから一ヶ月経ち、俺の内番の頻度が他より少ないのではないかということに薄々勘づいてきた。この本丸では近侍や食事当番が固定の面子でまわっているため、彼らが畑当番や馬当番に回ることはほとんどない。だが俺はそのどちらでもない。それなのに出陣以外の日は非番のことが多い。気遣いなのだろうか。……たしかに、畑当番も馬当番も刀の仕事では無いと思っているが。とはいえ。
掲示板の前で思考を巡らせていると、他にも朝食を終えた刀達が自分の当番を確認してはがやがやと通り過ぎていく。
軽い足音がふたつ、他と同じように近付いてきて立ち止まる。秋田藤四郎と小夜左文字──彼らは当番表を見上げ、自分の名前を探しに来たところだった。
「やったぁ! 僕、畑当番です!」
「今年も兄様入ってる……」
「小夜くんのお兄さんは焼き芋奉行ですからね」
ふたりの会話に視線を下に向ければ、自然と掲示板を見上げる彼らと視線を交わすことになる。おはようございます、と掛けられた挨拶におはようと返して改めて掲示板を見る。
「秋田くんは畑当番なんだね。嬉しそうだ」
「はい! 今日はお芋びらきの日ですから、畑当番でお芋を収穫してそのまま焼き芋をするんです!」
「へぇ? だからいつもより大勢なんだね。……俺に手伝えることはあるかい?」
気付いたらそう口走っていた。というのも、今日は暇を持て余す気分では無かったからだ。俺は畑に嫌われているし畑当番は刀の仕事ではないと思っているが、何も仕事が無いというのはつまらないものだ。
突然の申し出にふたりは顔を見合わせて「どうでしょうね」と首を傾げる。
「手が足りないということはないと思います」
「でも、みんな当番でなくてもやってくるしね……」
「みんなでやるの、楽しいですからね〜」
「うん……山姥切さんもよければどうぞ」
顕現してから長い彼らは行事の概要や実際の様子も分かっているのだろう。交わしている言葉からなんとなく当時の雰囲気が想像できる。
「うん。では俺もお邪魔しようかな」
肯定的な返事に頷いて返せば、「ぜひ楽しんでくださいね」と秋田藤四郎が笑う。本丸に来て初めて畑へ行くのが楽しみだと思った。
俺が内番着に着替えて畑に向かうと、そこには想像していた以上の光景が広がっていた。畑中に散らばって芋堀りをしている刀剣男士達、少し離れたところには落ち葉の焚き火から煙が上がっている。
これはもはや畑当番ではなくこれは芋掘り大会とでも言うべきではないか。
「あっ、山姥切さーん!」
皆と同じく内番姿だった秋田藤四郎を見つけたのと相手が俺を見つけたのは同時くらい、ばちりと空色の視線とぶつかったときに名前を呼ばれた。彼の声に振り返る周囲の表情はきょとんとしていて、俺の姿を認めて驚いているのが伝わってきたが、それに気付かないふりをして彼の元に向かう。
両手に着けた軍手も内番服から伸びる膝小僧も土で汚した彼は笑って俺を迎えてくれた。
「早速だけど、芋掘りをすればいいのかな」
「はい! でもまず、自分が今年最初に食べるお芋を決めて火の番にお渡しするんですよ」
「へぇ、面白い決まりごとだね」
「それが焼き芋びらきですから!」
あっちなんですよ、と指さした先には渡された芋を包んでは落ち葉へ埋めることを繰り返す陸奥守吉行と宗三左文字の姿が。そして彼らの傍には審神者の姿もある。
「ふぅん……じゃあ」
もともと掘りやすいよう興されていた畑から芋を掘り出すのは難しくない。中には傷がついたり折れているものもあるが、それを避けて手のひらより少し大きいさつま芋を選ぶのに時間は要らなかった。もういいんですか、と驚く秋田藤四郎に笑顔で「先に行ってくるね」と返してその場を離れる。
「よお、山姥切。おんしも決めたんか」
焚き火の方へ近付くと最初に気付いた陸奥守が手を挙げて迎え、それにつられて他のふたりも顔を挙げた。しゃがみこんで焚き火を見ていた審神者が立ち上がって此方に手を伸ばしてくる。
「長義さん、貸してください。アルミホイル巻きますね」
言われるままに芋を差し出すと、受け取った彼女は慣れた手つきでくるくるとアルミホイルで包んでいく。それから油性ペンで何かを書き始めた。その真剣な顔を見ているうちに書き終えられた芋がずいと目の前に出てくる。
「これ、長義さんのって目印です」
手元を覗けば「山姥切長義」の名前が書かれており、こんな漢字も書けるようになったのかと驚く。それがたとえ今まで来た刀の名前を書いていたからだとしても、彼女の成長に感慨を覚えた。
「ありがとう、楽しみだね」
「ね! 美味しいって思ってもらえたらうれしいです!」
彼女は得意げに笑った。それから芋を火挟に持ち替えて火の番をしている宗三左文字に声を掛ける。
「宗三さん、これ入れていいですか?」
「はい。火傷するんじゃありませんよ」
「はーい」
あらかじめ用意されていた焚き火の隙間に包んだ芋を火挟で入れる。芋は上から被せられた枯葉ですぐに見えなくなった。
「これで1時間、……か40分くらい焼いて、中まで火が通ってたら大丈夫なんです。できたらまた持っていきますね」
「分かった。楽しみに待っているよ」
説明する啓の後ろで宗三左文字が説明に合わせて小さく頷く、その姿はどこからどう見ても保護者だ。政府にいたときに聞いていた宗三左文字の印象と異なる部分があるのは、やはり審神者の影響だろう。
彼女は、幼い子どもというだけで庇護してあげたいと思う。それに、人の意見を聞く素直さとそれを受けて一生懸命考えられる賢明さがある。この子のことを、きっと皆が世話を焼きたがる。俺が特別そうだったわけでは無い。
(君にはいっぱい兄のような存在がいるんだものね)
そう内心で言葉にしたのは自分を納得させるためか。これしきの、今更分かっていたことで傷付くような精神は持ち合わせていないけれど。
焼き芋が出来上がるまで手が空くことになったので粟田口の彼らがいる場所まで戻ろうとしたときだ。俺の名前を呼ぶ声に足を止める。声の方へ視線をやると、ジャージの袖を捲りあげて土色の軍手を嵌めたへし切長谷部の姿。彼の周りにはさつま芋と新聞紙が広がっている。
「呼んだかな」
「あぁ、もし良ければ手伝ってくれないか」
構わないよ、と二つ返事をして傍に近付いているうちにも彼の手によってさつま芋がどんどん新聞紙に包まれていく。
「これは焼かないのか?」
「こっちは今日の焼き芋用じゃない、一度新聞紙で包んで乾燥させるものだ。さつま芋は掘ったばかりより乾燥させた方が甘みが増す」
「へぇ?」
初耳だ。政府にいたときも焼き芋を食べたことがあったが自分で焼いたことなどなかったし、そもそも畑で野菜を育てること自体初めてのことだ。
何故へし切長谷部がそんなことを知っているのかといえば本丸での経験だと推測できるが、宗三左文字と同じく情報として得ていた彼の印象とかなり違う。
「ならどうしてこんな掘った当日に食べようとするんだか……。君から主や陸奥守に言わないのかい?」
「いや、主も陸奥守も知っている筈だ。それでも、こうやって皆で掘ったものをすぐに楽しみたいという気持ちが強いんだろう」
「あぁ……なるほど」
論理や効率の話ではなく、感情や信心に基づいた行動というのであれば納得がいく。過去に見た政府の人間達もそうだった。たとえば土用の丑の日に旬ではない鰻を食べるように、きっとそれはおまじないのようなものなのかもしれない。
彼を見ながら土が付いたままの芋を新聞紙で包んでいく。二振りで始めれば転がるさつま芋はみるみるうちに数が減っていった。
「主は、一般的な正解より自分や周囲の気持ちを大事にしたいという方だ」
作業の手を止めないまま長谷部が口を開いた。いきなりの話題に少し驚いたがあの子のことかと気持ちを切り替えて頷く。
「うん、分かるよ」
出会った幼い頃にそうだったのかは分からないが、再会してからの様子だけで彼女がそんな人間なのだと分かる。
俺が返事をすると長谷部は何かを言い噤んだように口元を歪ませた。きゅっと眉間に皺を寄せ、細められた眼差しはこちらの心の内を読み取ろうとしているようにも見える。
「お前がここでどう過ごすかは勝手だが……道理で感情を捻じ曲げようとしてもいつか必ず歪みが生まれる。それを忘れるな」
「……俺がそうしてると?」
まるで俺の心境が勝手に語られているように聞こえてしまい、苛立ちを繕う暇も無いまま冷ややかな声が出た。被っている面の皮に小さなヒビが入っていく。
対する長谷部は声の温度が下がったことも気にしていない。変わらず感情の読めない瞳が真っ直ぐ俺を見据えている。
「俺が知ったことか。いやだが主のためか……陸奥守からもお節介を受けただろうが、俺からも言っておこう」
「何をだ?」
前置きをつらつらと並べている相手に続きを促す。すると彼は躊躇いなく用件を告げた。
ただの事務連絡かのように言われた言葉は俺の思考を停止させるには充分なものだった。
「山姥切長義、明日の近侍をお前に代わってもらう」