(IFで将来の話)
いつも通りの距離なのにどうしても彼の顔を見返すことが出来ない。理由は分かっている。今日の長義はいつもより甘やかしてくるのに、それと同じくらい意地悪だ。
「ま、待って……」
緊張と羞恥でどうにかなりそうな唇で何とか絞り出した懇願はあっさりと受け入れられる。この場においても彼は与える者であった。
「ふふ、いいよ」
青年が吐息だけで笑うと少女の前髪が揺れる。そんな至近距離にある海底の色をした綺麗な青の瞳。その視線に込められたのが慈しみだけでないと気付いたのは何時からだっただろう。
「いつまで待ってほしいのかな?」
「……──まで」
耳の近くに心臓があるのかと錯覚するほどうるさい。耳から頬へ、熱を帯びる顔を隠したいのに両腕を捕まえる腕がそうはさせてくれなくて。逃げられないことを理解しつつ、せめてもの抵抗としてぎゅっと両目を閉じる。だが彼の気配がすぐ傍にあることには変わらず、瞼を閉じたところでどんな顔を向けられているかも想像に易いくらいの付き合いになる。
「わ、わたしが、大人になるまで……!」
口にしてからすぐに、この体勢より恥ずかしいことを言ってしまったのではないかとハッとする。けれど出てしまった言葉を撤回など出来ず、相手からの反応をただ待つしかない。
いっそう甘い吐息が髪にかかったかと思えば額に柔らかな感触が与えられる。それが何か分からないほど、本当は子どもではない。
「焦らなくていいよ。まだ、子どものままでいいからね」
与えられるものに追いつかずに震える彼女に、優しい魔法の呪文がかけられる。幼い頃から少女の心を動かすことが上手な彼は、しかし魔法使いではない。ゆっくりと目を開けた先にいた青年は、絵本の中の王子様のように美しく笑ってみせた。