Happy Birthday To Heathcliff

「おはようございます、ヒース」
「おはよう、エッタ」
その日は雨の多いこの時期には貴重な晴間の日だった。少し蒸し暑くて開けた窓から入ってくる風がヒースクリフの前髪を心地好く揺らす。アリエッタが部屋に入ってくる前に起きていた彼は実は今日のことを考えて寝付けなかったのだが、心配されないようについ先ほど起きたふりをした。
差し出された冷えた果実水を受け取って喉を湿す。その間にもアリエッタは着替えを用意しているが、その動きはいつもよりテキパキとしている。作業の手を止めてベッドに腰掛けるヒースクリフを振り返ったかと思うと、彼女は花が咲くような笑顔を見せた。
「ヒース、お誕生日おめでとうございます。素敵な一日になるといいですね」
彼女の祝福は仰々しく飾り付けられたものでは無かったが、その代わり彼と同じように今日を楽しみにしているような気さくさがあった。
「ありがとう。今日はシノが色々準備をしてくれてるみたいなんだって」
「そうですよ、でもヒース坊ちゃんには内緒にしてるんです」
彼が他の魔法使い達を巻き込んでヒースクリフの誕生日祝いの準備を進めていることは二人も知っている。だがそれをシノに直接言うことはなく、逆に自分達が気付いていることを悟らせないように気を配っているくらいだ。彼を騙している罪悪感より、自分達がサプライズを仕掛けているようなドキドキする気持ちが胸をざわつかせている。
準備をしているシノや参加してくれる他の魔法使いや賢者達にとって、今日が楽しいものであるように願わずにはいられない。
「ファウスト先生は俺が気付いてることは知ってるよ。でも、シノには内緒にしてくれているから大丈夫だと思う」
誕生日だからだろうか、いつもより少しだけ大人のふりをして内緒話をするのだ。実際は三人の間に年の差など無いに等しいが、今だけ彼らは弟を見守る兄か姉になったつもりで会話を続けた。とはいえ、何百年と生きている彼らにとってみれば自分達はまとめて赤子のようなものだ。
「ネロさんもそうですが、ヒースに比べるとシノの方が子ども扱いされることが多いですよね」
ヒースクリフは上機嫌に笑う。照れくさそうにも誇らしそうにも見える笑顔だった。
「楽しくて、素敵な一日になりそうです。奥様と旦那様にお伝えしたいこともきっとたくさんあります。今日中に書き終えるでしょうか」
まだ今日が始まったばかりだというのにアリエッタはその先のことを気にかけている。それも笑顔で、だ。どうしましょうね、なんて言いつつ足取りは躍るように軽い。
「服はこんな感じでどうでしょう? 今日は特別な日ですから」
そう言って広げられたのは言う通り普段着ないような余所行きの服だった。落ち着いた色合いでまとめられたコーディネートは、いつもなら気取っているように見えるのではないかと少し気恥ずかしく感じるが今日は特別だ。ありがとう、と返事をして用意された服を受け取る。
この服は実家から持ってきたうちの一着だ。去年に比べて城に戻る頻度は減ったとはいえ、それでも両親のことを思い出さない日はない。
開いた窓の外から誰かの話し声がする。今日はもう始まっていて、それは魔法舎でもブランシェット城でも同じことだ。
「ヒース、入るぞ」
ノックの音がしてすぐに扉が開く。ヒースクリフの返事を待たずに入ってくるのは一人しかいない。今日を楽しみに待ち構えていたシノが普段通りを装って二人に挨拶するので、二人も素知らぬ表情を作って「おはよう」を返した。
「ネロの飯が冷めるぞ。早く行こう」
此方を待つ赤色の眼差しの中に隠しきれない興奮がみられる。
これから起こることがヒースクリフ本人にとっても彼らにとっても素敵な思い出の一つとなるよう、それぞれが祈りながら、今日という一日の幕が開けた。