(幼少期)
アリエッタにとって、父親を通して知り合ったヒースクリフは初めて出会う年の近い子どもだった。初めましてのとき、彼は女の子のように可愛らしい顔を赤く染めて夫人のドレスの後ろに隠れていた。
「ほらヒース、隠れてないでご挨拶しましょう」
母親に促され少年は意を決したようにドレスの裾から一歩を踏み出す。一瞬だけ交わった瞳は晴天の湖のように煌めいていた。
「は、初めまして……ヒースクリフです」
「あえて嬉しいです、ヒースクリフさま。わたしはアリエッタといいます」
笑顔で差し出した手は柔らかく細い指先にとられた。あのときの感触と彼のはにかんだ顔を一生忘れないだろう。
「よろしく、アリエッタ」
出会ったのその日から彼のことが好きになった。人見知りで口下手なところは可愛いと思えたし、彼は絶対にアリエッタの言葉を無視したり遮ったりしない。彼がもし宝物なら自分の全てをかけても守ろうとするし、そのことを誇りに思うだろう。
最初に出会った同年代の男子というのがヒースクリフだったのはある意味では不幸だったのかもしれない。というのも、領内のスクールに通い始めたとき、周りの男の子達に仰天してしまったのだ。平気で他人の悪口を言うわ授業の内容も覚えられないわ、彼らはアリエッタの目には犬か猿かと言わんばかりに下品で知性の無い動物に映った。それでもなんとか我慢して耐えて卒業したが、以降は父に頼み込んで家庭教師をつけてもらうことにした。
ブランシェット城で過ごす時間がまた長くなったその頃だ。新しく小間使いに魔法使いの少年が雇われたと知ったのは。
魔法使いで孤児なんだって。そう耳にしたところで少女の想像を膨らませるものは何もない。ヒースクリフも魔法使いだが彼が魔法を使ったところは一度も見たことがないし、孤児なんて見たこともない。
それでも、大人達の中で浮いている彼の姿はすぐにみつけることができた。ヒースクリフと同じくらいの背丈、真っ黒の髪、大きいけれど男の子だと分かる強気な赤色の瞳。
「あなたが新しくきたひと?」
「なんだお前、いきなり」
彼の無愛想な反応にがんと衝撃を受ける。今までそんなふうに素っ気なくあしらわれたことはなかったから余計にだ。第一印象が悪い方へ傾くのを、名乗らずに質問をした自分が悪いのだと思い直す。
「わたしはアリエッタっていうの。ブランシェット家のめしつかいよ」
「お前もなのか。オレはシノだ」
ほら、まず自分のことを話せば相手も話してくれる。シノと名乗った彼はお喋りな性格ではないのか、それきり口を閉ざしてしまう。じっと動かない彼の視線はこちらの出方を窺っているようでもあった。
「わたしのほうがお姉さんだからね、困ったことがあったら言うのよ、わかった?」
「ああ、わかった」
アリエッタの言葉に真面目な顔で頷く少年はヒースクリフとは違う可愛らしさがあった。それが何から来るものなのかが分からないまま、込み上げてくる愛おしさに従って彼の手を取った。細くて冷たい指先だった。
「よろしく、シノ」